他人の行動を気にしてしまう原因と危険性

心理学

皆さんにも他人と意見が一致していたり、流行に乗るとどこかしら安心感や自信をなぜか持ってしまうといった経験があるのではないでしょうか?

そこで今回は私たちがなぜ多数派や他人の行動を気にしたり、流行に乗ってしまうのかについて紹介してみます。

というのも最近タピオカで有名なカフェを通ったときにめちゃくちゃ行列ができていてほんとにそこまでして飲みたいものなのかと疑問に思ってしまったのが理由です(笑)

そこで色々調べてみるとおそらく関連しているだろうという原理があり、むやみやたらに猿真似をすることがいかに危険かが分かったので投稿することにしました。それではいつも通り書いていきます。


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社会的証明ーみんながしているからー

恐らく私たちが周りに影響されたり、流行語なんてものを作り出したのは社会的証明の原理が働いているものだと考えられます。

どういうものかというと

人はある行動を遂行する人が多いほどその行動を正しいと思い込む

という原理です。

要するにみんながやっているからこの行動は正しいんだ

となってしまうこと。

身近な例はたくさんありますが例えばテレビの録音された笑い声や驚きの声が当てはまります

実際多くの人やテレビの出演者もこれらの音声には強い不快感を覚えているほど。

しかしなぜ番組制作者たちは人間の心理を理解しています。

というのは

笑う場面や驚きの場面であえて作り物の笑い声を入れることで視聴者は笑う回数が増え、笑う時間も長くなり、さらにその番組の評価まで上がりやすくなることが分かっています。

面白いのが私たちはその声が人工的だとわかっているのに影響されるという点。ということは自分と同じ行動をしている人にはなおさら影響されやすくなることが分かるかと。

では次はなぜ流行や多数派が生まれたのかを書いていきます。

そもそもなぜ流行とか多数派は生まれたの?

理由なんですが一つ目は行動ををスムーズにさせるためだといわれています

起源は人間の狩猟採集生活まで遡ります。もともと人間はマンモスや他の大型動物に比べ個人の力は弱く、倒すには他人と協力する必要がありました。生き延びていくのに必要不可欠だったわけですね。

なので人類はコミュニケーション能力が発達したといわれており、ここから行動には常に他者の存在が影響され始めます。

そして現代までに至るわけですが、もう一つ前提として人間の脳はできる楽をしようとしています

例えば歩いたり座ったり、当たり前の行動に深く考えていたらエネルギーを使い果たして他の行動が何もできなくなってしまいますよね。

そこでエネルギー節約の手段として他人の行動を基準にして考える手間を省こうとしているわけです

例えばネットショッピングであるものを買おうとしている時に同じもの買った人の口コミやレビューを気にする人は多いはず。

こうゆう理由から流行や多数派という考えが生まれて、人々に

「私たちの行動は多くの人がしているから正しいんだ!」と思いこませ、意思決定をスムーズにさせているわけですね。

こうやって改めて流行という概念を人の心理まで掘り下げてみる面白いもんだなぁと感動しています。

では次にとりあえず他人の行動に流されることの危険性について言及します

猿真似が危険を引き起こす場合

しかし時に猿真似が危険を伴う場合があるので注意が必要です。それは

状況があいまいな時にだれか一人が助けを求めている際に誰も助けずに傍観してしまうという場合。

科学領域で最も論じられているのがニューヨーク市のクイーンズ区で発生したとある殺人事件で、キャサリン・ジェノヴィーズという20代後半の女性が仕事帰りの路上で暴漢に殺害された事件です。

この事件の残酷なところは彼女は大勢の目の前で殺されたのです。

彼女は声を出さずにいたわけでもなく、助けを求めていていたのですが隣人たちは互いに状況を探ったまま何もせず警察に電話をかけることすらしませんでした。

当時の「ニューヨーク・タイムズ」はこの事件を取り挙げ以下のように記述しています。

クイーンズで法を遵守して暮らす良き市民は30分以上の間殺人者がキュー・ガーデンでひとりの女性を三回にわたって追いかけ切りつけるのをただ眺めているだけだった。

その間住民の声がしたり、寝室の明かりが突然ついたこともあって殺人者は二度襲撃を中止し引き下がっている。

しかし、そのたびに戻ってきて被害者を追いかけナイフをつきたてているのである。殺人が行われている間、警察に通報した人は誰もいなかった。彼女が息絶えた後になってようやく目撃者の一人が電話を掛けたのである。(中略)

フレデリック・M・ラッセン警部補は事件捜査の責任者で数多くの殺人事件を見てきた彼はいまだにショックから立ち直っていない。彼は殺人事件の専門家でもあるが、キュー・ガーデンの事件はそんな彼をも困惑させるものだ。

それが殺人事件であるからでなく「善良な人々」が警察に通報しなかったからである。

(影響力の武器 第4章 p211-212より引用)

なぜ人々は警察を呼ばなかったのでしょうか?

それはお互いに状況が把握できず確信が持てなかったから

だとされています。人々は何か行動をする際に周りの人、特に自分と似た人の行動を真似しますがこの事件では隣人全員が他の人の様子を見ようとしてしまった挙句殺人が起きてしまいました。

このように殺人事件は単なる一例にすぎませんがさらに我々は

助けられそうな人が何人かいれば、一人ひとりの個人的な責任は少なくなる

と感じてしまうことも研究で明らかにされています。

ほかの実験で、ニューヨーク大学の学生が発作に見舞われた振りをしました。

居合わせた人が一人だった場合援助を受けられる確率は85%でしたが、居合わせた人が5人だった場合にはなんと31%にまで確率が落ちてしまったのです。

このように、たった5人でさえ確率が低いのに大衆にもなると確率は更に落ちると予想されます。

もしも助けが必要になったら、、、

このように大衆の前で、もしも自分に何か急に助けが必要になった場合どうすればよいのでしょうか?先ほどの実験の結果では居合わせた人が一人なら高確率で援助を受けられました。それならば

助けてくれる人を誰か一人を選んでしまえばいいのです

例えばもしも自分に急に腹痛や急なアクシデントが起こったとします。そこで大衆のうちの一人に呼びかけると身を守れるだろうといわれています。

「そこの赤のシャツを着ているあなた。助けてください急な腹痛が起こってしまい動けないんです。なので救急車を呼んでください。」とこのようにだれか一人を選びます。

さらに重要なポイントとしては状況を説明できるといいでしょう。

多くの場合、そこに居合わせた人は状況を理解できずに他人を観察してしまうので状況をこちらから開示してあげると手を差し伸べてくれる確率が高くなります。

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まとめ

今回は少し複雑な話になってしまいましたが、要点は

  • 人は他人のこと、特に自分と似ている存在の行動を意識してしまう
  • 行動をまねるのは脳が考えるエネルギーを節約しようとしているため
  • しかしむやみな猿真似は時に重大な問題を起こす場合があるので注意!
  • もし自分何かが起こり助けが必要な時は誰か一人に状況を伝えて助けを求めよう

とこんな感じです。

現代はSNSなどで情報や流行がすぐにわかってしまうので利点もありますし、流行を知ったり他人の行動を意識するのはコミュニケーションをするうえで重要ですが、思考放棄して他人をまねるのはよくないよって話でした。

長くなりましたがここまでにしたいと思います。

読んでいただきありがとうございました!